最近、朝立ちがとんとない。 若い頃には当たり前すぎて、時に疎ましくさえあった「目覚めの証」が、気がついたときには、私の日常から音もなく消えていた。
劇的な変化ではない。ある日突然、すべての機能が止まったわけでもない。 ただ、砂時計の砂が落ちるように、あるいは引き潮が岸辺を去るように、静かに、私の日常から「それ」は遠ざかっていったのだ。
満潮が去り、波打ち際から「自信」が削り取られていく感覚
振り返れば、それは緩やかな、しかし残酷な予兆から始まった。
かつては「回数」など意識したこともなかった。求めれば応えてくれるのが、自分の身体だと信じて疑わなかったからだ。
それが40代後半を過ぎたあたりから、何かが少しずつ、目減りしていくのを感じ始めた。
以前ほど「昂ぶり」が持続しない。一晩経っても、疲れが抜けない。自分なりの「全盛期」という満潮が終わり、足元から少しずつ自信という砂が削り取られていく。そんな、説明のつかない倦怠感に、私はただ目を逸らし続けていた。
予期せぬ「中折れ」という名の、声なき敗北感との対峙
そして、決定的な瞬間は訪れる。いわゆる「中折れ」という現象だ。
「昨日は飲みすぎた」「仕事のストレスが溜まっている」。自分を納得させるための言い訳は、いくらでも用意できた。しかし、パートナーの隣で感じるあの何とも言えない沈黙、そして自分自身の身体に対する裏切られたような感覚。
それは単なる機能の不全ではない。男としての「尊厳」が、音を立てずに崩れ落ちるような、声なき敗北感だった。その夜を境に、私は寝室に向かうこと自体に、微かな恐怖を抱くようになっていった。
気がついたときには、朝の目覚めから「生命の証」が消えていた
気づけば、毎朝のルーティンだったはずの「朝の活力」すら、過去の記憶の中にしか存在しなくなっていた。
孤独な夜、スマホを握りしめ、暗闇の中で「50代 朝立ち ない」と検索窓に打ち込む。青白い光に照らされるのは、派手なサプリメントの広告や、型通りの医療データばかり。
私が欲しかったのは、そんな安っぽい解決策ではない。同じ「沈黙」を知り、同じように鏡の前で立ち尽くしている、誰かの血の通った言葉だったのだ。
この「沈黙」をチャート(海図)に変え、再び男の航路を切り拓くために
私はもう、この衰えを「歳のせい」にして諦めることをやめた。
今の自分の現在地を正確に知ること。この「沈黙」という現実を正しくチャート(海図)に描き込み、そこから反撃の一手を考えること。
このサイト『The Silent Chart』は、50代の男が、一人の男としての誇りを取り戻すための航海日誌だ。
もし、あなたも同じ海で迷っているのなら。この記録が、あなたの航路を照らす小さな灯台になることを願ってやまない。

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